百済(くだら)の語源
百済(くだら)の語源
概要
朝鮮三国時代の国家のひとつである百済の日本名は「クダラ」であるがその語源は不明である。今回は「クダラ」の語源がユーラシアに広く分布する Wanderwort である kotan~hotan '都市' に由来するという試論を述べる。
これまで提唱されてきた説
「クダラ」は日本語としては解釈ができず、朝鮮の古語 (百済語) に由来しているという見解がおおむね認められている。
朝鮮語による語源説としては「クは大の意。タラは村落の義」といった説明がなされている。[1]
しかし中世朝鮮語の khu- '大きい' に見られる有気音は二次的なものと考えられ、より古い形は huku- であるとされる。[2]
→異なる語源を考える必要性がある。
新たな語源論
最初に文献資料から上代日本語の語形を再構する。
日本語において百済の読みには三種類のバリエーションが存在する。
・kudara : 現代日本語では最も一般的な形
・kutara : 久夛良木 (クタラギ)姓などにみられる。
・kutana : 山口県の地名に百済部 (クタナベ) が存在する。
二音節目 ta~da の変種について、『図書寮本類聚名義抄』(1081年)の万葉仮名表記に「久太良 OJ kutara」とあり、清音の kutara が本来で濁音の kudaraは後の転訛であると考えられる*1。
一方で三音節目 na~ra のバリエーションは日本語内部の変化では説明がつかないため、両方の変種を(日本語における)基本形として扱う必要がある。
したがって上代日本語における語形は以下のように記述できる。
OJ kutana~kutara
・北東アジアにおいて、 n~r の変種は音節末子音でしばしばみられる現象である。
参考:讃 (MC tsan)の日本語における反映
二合仮名 「讃 (さら) sara ← sar」 ~ 音読み 「さん san」
→上代日本語における kutana~kutara の末母音 a は挿入音と考えられる
・上代日本語の母音 u は pre-OJ の母音 u 乃至 o を反映する [3]。
・上代日本語は軟口蓋摩擦音 x や声門摩擦音 h を持たず外来語におけるこれらの音を 破裂音 k として受け入れている。
上記をまとめると上代日本語に輸入される前の語形は以下のようになる。
百済語 KOtan~KOtar (K=k~x~h, O=o~u)
この語形は以下に示すようなユーラシア大陸に広く分布する '都市・村落' を表す語と非常に似ており、関連していると考えられる。サカ語の例にみられるように '都市' をあらわす語が国名へと意味変化する現象は自然である。
例:
サカ語:*khotan (コータン王国)
ウイグル語 : hotan (ホータン市)
モンゴル語 : qotan (都市)
満州語 : hoton (都市)
ニヴフ語 : *χotaŋ (町)
アイヌ語 : kotan (コタン、村)
百済語の KOtan~KOtarに対応する語は現代の朝鮮語 (新羅系統) には見られず、この語は朝鮮半島において"扶余系統"に属する要素なのかもしれない。
略称
MC:中古漢語 (Middle Chinese)
OJ:上代日本語 (Old Japanese)
参考文献
- 『日本国語大辞典;第4巻』
- Ramsey, S. R (1993) 'Some Remarks on Reconstructing Earlier Korean,' Lan-
guage Research 29, 433-442. - Miyake, Marc Hideo. "Philological evidence for* e and* o in Pre-Old Japanese." Diachronica 20.1 (2003): 83-137.
上代日本語の表記はFrellesvig & Whitmanによる。