ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (5)

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (5)

前回の投稿に引き続き日朝両語とニヴフ語に共通する語彙を探索する。

略称などは以前の投稿を参照

part1

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (1) - mmmSPのブログ

part2

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (2) - mmmSPのブログ

part3

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (3) - mmmSPのブログ

part4

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (4) - mmmSPのブログ

 

  • PN *n’e- ‘put on head or shoulder’ = MK ni:-, nyey-, í- ‘places on the head, places above’ ?= OJ ni ‘burden’

OJ ni < *nəy は百済語 *nə ‘burden’ (Bentley 1998)からの借用と思われ、音韻的な対応に問題がある。

 

  • PN *tləɣi < tlə-ɣi ‘lynx’ = MK kwo:y ‘cat’

PN  *tləɣi ‘lynx’ と OJ twora ‘tiger’ の比較が成立する場合、PN語形の接尾辞 -ɣi とMK kwo:y ‘cat’ が対応するかもしれない。ただし不確定要素が大きい。

 

  • PN *ger ‘dirt’ = OJ kitana- < kita-na- ‘dirty’

日本語における形容詞派生語尾 -na- は「せわしない」、「あどけない」などに見られる。否定形容詞 na- とは異なる点に注意。

 

  • PN *ŋawr <? *ŋa-wr ‘intestines, guts’ = OJ wata ‘id’

PN語形の最終子音 r は接辞だと考えられるため比較は難しい。

 

  • PN *ma ‘span between fingers’ = OJ made ‘untill, so much that’ < *ma-de ‘span’, MJ ma ‘interval’

Frellesvig (2010) は上代日本語助詞「マデ (made)」が元々名詞であり、後に副助詞 (restrictive particles) として文法化したものであるということを指摘している。このような名詞由来の副助詞の例は日本語の歴史においていくつも例がみられる。

NJ bakari ‘about, only’ < hakari ‘estimate, limit’

NJ hodo ‘about < hodo ‘extent’

NJ kurai ~ gurai ‘about’ < kurai ‘rank’

NJ dake ‘only’ < take ‘height’

日本語の史料において名詞としての「マデ」の用例は確認できないが、文献学的知見からその意味を間接的に知ることは可能である。万葉集のいわゆる ”戯書” 表記において、助詞「マデ」に対して以下のような表記が存在する。(相当する部分を太字で示す。)

幾代(いくよ)左右にか(一・三四)

千代(ちよ)二手に(一・七八)

舟泊(は)つる左右手(七・一一八九)

すべなき諸手に(一〇・一九九七)

これらの例から「マデ」の意味は左右の両手と何らかの関わりがあることがわかる。上で示した副助詞化した名詞の例がいずれも物事の程度を表す単語であることを考慮すると、名詞としての「マデ」の意味はOJにおいて ‘両手(を広げた際)の幅’ とするのが妥当である。またこのような特殊化した意味はより一般的な意味からの派生と考えられるため pre-OJ *made ‘span’ を想定することが可能である。

この単語が意味的・音韻的にPN *ma ‘span between fingers’ と近いことは見逃せず、同根語であると考えられる。また OJ made における語尾の -de は usiro-de (後手/back side), naga-te (長手/ lengthwise) などにみられる空間接尾辞 -te ~ -de ‘space, side, direction’ に同定できる。

加えて、この語はMJ ma ‘interval’ と関係があるかもしれない。

 

参考文献 (過去と被るものは除外)

[1] Frellesvig, Bjarke. A history of the Japanese language. Cambridge University Press, 2010.