ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (1)

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (1)

 

ニヴフ語 (もしくはギリヤーク語) はロシア極東のアムール川河口及びサハリン島で話される孤立した言語である。この言語は現在消滅の危機に瀕しており、話者は高齢者に限られその数は年々減少している。この言語は現代において弱い立場におかれているが、遠い過去においては状況がまったくちがったであろうことをJanhunen (2016)は指摘している。

Janhunenによればニヴフ語 (=アムール語族) は広義の満州地域 (Manchuria) に属する言語であり、過去において地理的にこの地域のより中心的な位置を占めていたはずだという。また近世~近代のニヴフ民族は比較的 “原始的” な漁労生活を送っていることで知られているがニヴフ語 (の祖先)はかつてより”高度”な文化に属していたことがその語彙から示唆される。例えばニヴフ語は周囲とは独立した冶金に関する語彙を持つ (e.g. doto ‘silver’, ‘dews ‘copper’, tac ‘tin’)。

 このような文脈において Janhunen (2005)は中国の史書にみられる満州の扶余民族がアムール語族話者であった可能性を指摘しており、さらには朝鮮三国時代朝鮮半島から満州にかけて強勢を誇った高句麗の支配層言語との関連を示唆している。この扶余民族が朝鮮半島百済王国、及び日本列島の大和王権の成立に深くかかわっていることは周知の事実であり、仮に扶余 = アムール語族が正しい場合、百済 (朝鮮) 及び日本の言語においてアムール語族の影響が見られることが予想される。

 本ブログではこの予想の正否を言語学的な観点から探っていきたい。具体的にはニヴフ語と日本語、朝鮮語の語彙を比較し、共通要素を探求する。共通要素は言語接触 (借用) によるものと考えられるが *1 、どのような方向で借用がなされていたかにつていも考察していく。

 

語彙比較

ニヴフ祖語 (PN:Proto-Nivkh)の語形及びグロスは特に注釈がなければCNDによる。上代日本語 (OJ:Old Japanese)の転写はOCOJに準拠し、中世朝鮮語 (MK:Middle Korean)の転写はYale式を用いる。さらに遡った語形は注がなければ筆者の再構である。

 

  • PN * tlaŋi < tVlaŋay (Janhunen, 2016) → Sakhalin Ainu tunakay ‘id’ > NJ tonakai ‘id’

この語は日本語 ‘トナカイ’ の語源であり、ニヴフ語が起源であることは広く知られている。比較的最近の借用語であるため現在の議論と直接かかわる語彙ではないがニヴフ語の音韻史を知るうえで重要であるため載せている。ニヴフ語では tVl > tl に見られるように子音間の母音消失が激しく、この語のように外部の要素 (例えばここではアイヌ語・日本語における借用) がなければニヴフ祖語で消失した母音を知ることは難しい。また語尾の –Vy という二重母音 (もしくは母音+渡り音) が単母音 –i に変化する現象もニヴフ語の語形を遡って再構するうえで重要である。

 

  • PN *kedr- < *kedVr ’rub on or grate’ = OJ keydur- ‘shave, plane’

英語では意味の対応がわかりづらいが両方とも日本語の ’削る、擦る’ という語で表せる。先述のようにニヴフ語の子音クラスタは間の母音消失によって生じた二次的なものである。借用の方向は定かではないが日本語において語尾以外のエが例外的であることを考えるとニヴフ語起源であると考えるのが妥当か。

 

  • PN *kuti ‘hole’ = MK kwut ‘cavity’ = OJ kuti ~ kutu- < *kutuy ‘mouth’

ニヴフ語と朝鮮語の間では意味対応、音韻対応ともに完璧であり関連があるのは間違いない。日本語形は意味の対応に若干弱さがあるがこの関係性を認める場合ニヴフ語における語末の –i は二重母音 –Vyにさかのぼる可能性がある。借用の方向は定かではない。

 

  • PN *a- ‘kinship prefix’ = MK a- ‘id’ ?= COJ omo ~ EOJ amo ‘mother’

ニヴフ語において親族名称には共通の接頭辞 *a- ~ ə- が見られる。また同様に朝鮮語においては親族名称に接頭辞 *a- ~ e- がみられる (下表)。接頭辞に見られる母音変種はいずれも母音調和によるものであり、例えばニヴフ語では狭母音 i, ə, uが広母音 e, a, o とそれぞれ対応して調和関係となっている。この母音調和は地域特性としてニヴフ語・朝鮮語のみならずいわゆるウラル・アルタイ諸語全般で見られる現象である。

下記の語彙にみられる共通接頭辞が接触によるものであるのは確かであるが影響の方向性は不明である。また日本語においては COJ omo = EOJ amo ‘mother’ においてこの接頭辞がみられ、PNおよびMKの ‘mother’と語形・意味が対応している。しかし日本語の親族語彙においてこの語は独立しており、またいわゆる nursery word であるため関係性には不確かさが残る。

Proto-Nivkh kinship terms

Middle Korean kinship terms

*ac(i)k(ant) 'yonger sibling'

*acik 'grandmother, mother-in-law'

*aɣmalk 'father-in-law'

*akan 'older brother'

*apak 'uncle'

*atak 'grandfather-in-law'

*əmɣi 'son-in-law'

*əcɣ 'old man'

*ətək 'father'

*əmək, mother'

apí ‘father,’

apáni:m ‘father,’

azo ‘uncle,’

atól ‘son,’

ahóy ‘baby,’

azóm ‘kin,’

acapáni:m ‘uncle,’

acómi ‘aunt’

émí / éma:nim ‘mother’

 

  • PN *wəri < wərxi ‘pustule’ → MJ fatake < ?OJ patakey < *patakay ‘mange, scabies’

日本語においてハタケ(疥/乾瘡)という語は非常に知名度が低く、出現が限られている。また日本語内において語源が明らかではなく、このような語は借用語である可能性が高い。

JLTTでは語源を *panta (=肌) + *kak-i (=掻き) と分析したうえで、最終音節の母音をエ ( < *ay < *aCi) とし、語形 fatakey ( = patake2) を記載している。当然ながら ’肌 ( = OJ pada < PJ *panta)’ からOJ pataへの変化は考えられず、この語源は間違いである。しかし後述するように、少なくともJLTTにおける最終音節の甲乙判定はおそらく正しかったということがニヴフ語との比較で明らかとなる。

ニヴフ祖語 *wəri ‘pustule’ は明らかにPN動詞 *wərk- ‘rot’ の派生である。現にNikolaev (2016) はPN語形を*vərɣ-i ~ *vərx ‘scab’ と再構しており、こちらの方がより原型に近いと考えられる。これをCNDの記法に変換すると祖型 *wərxiが得られる。

さらに昔の語形を探求するためにはニヴフ語において重要な子音交代 (consonant alternation/mutation) の概念を考慮する必要がある。詳細は省くが例えばr は d の、xはkの交代形 (弱化形) であり、これらの子音の関係性は下の表にまとめられる。

 

Fortis ↔ voiceless

Lenis ↔ voiced

Stop

p

t

c

k

q

b

d

d’

g

ɢ

Continuant

f

r̥

s

x

χ

v

r

z

ɣ

ʁ

典型的な母音間の子音弱化を想定するとpre-PNの語形は*wAdVkVyとなる (A = a~ ə 、またここでは –i < -Vy を想定した)。このニヴフ語形は日本語形 patake2 < *patakay と意味が事実上同じであるのみならず音韻的にも非常によくマッチしている。この対応は偶然とは考えられず、ニヴフ語形が動詞からの派生であることを考えるとニヴフ語から日本語への借用語とするのが妥当である。

しかし一つだけ問題が存在し、ニヴフ語の w- が 日本語p- で反映されていることを説明する必要がある。アムール語族、日本語族はともに祖語段階から /w/ と /p/ を区別するため、直接的な借用関係ではこの対応を説明するのは難しい。そこで /w/ と /p/ を区別しない (/w/ を持たない) 言語が借用の中間にあると考えることでこの対応を説明することが可能である (下図参照)。知られている中で、ニヴフ語・日本語と歴史的なつながりを持ち、このような特性を持つ言語は古代朝鮮語(おそらく百済語)のみである。朝鮮語(族)から日本語(族)への借用語はこの語以外のも多くが指摘されており (Unger 2009, Vovin 2010)、今回の借用関係に見られるAmuric → Koreanic → Japonic という流れは三言語の関係の中である種 ”カノニカル” なものなのかもしれない。

Amuric

/w/ ≠ /p/

(borrowing)

Koreanic

/w/ = /p/

(borrowing)

Japonic

/w/ ≠ /p/

*wAdVkVy

‘pustule’

*pAtVkVy

 

*patakay

‘mange, scabies’

 

略称

PJ: 日本祖語=日琉祖語 (Proto-Japonic)

OJ: 上代日本語 (Old Japanese) – COJ;上代中央語、EOJ;上代東国方言

MJ: 中古日本語中世日本語 (Middle Japanese)

NJ: 現代日本語 (Modern Japanese)

PR: 琉球祖語 (Proto-Ryukyuan)

R: 琉球(諸)語 (Ryukyuan Language(s))

OK: 古代朝鮮語 (Old Korean)

MK: 中世朝鮮語 (Middle Korean)

NK: 現代朝鮮語 (Modern Korean)

PN: ニヴフ祖語 (Proto-Nivkh)

MC: 中古漢語 (Middle Chinese)

OC: 上古漢語 (Old Chinese)

OCOJ: オックスフォード上代日本語コーパス(the Oxford Corpus of Old Japanese)

JLTT: Japanese Language Through Time (Martine, 1987)

CND: Comparative Nivkh Dictionary (Fortescue, 2016)

EDAL: Etymological Dictionary of Altaic Languages

= : 共通語源

> : 言語内の音韻変化

→ : 借用

C : 子音

V : 母音

 

参考文献

[1] Janhunen, Juha. "Reconstructio externa linguae ghiliacorum." Studia Orientalia Electronica 117 (2016): 3-27.

[2] Janhunen, Juha. "The lost languages of Koguryo." Journal of Inner and East Asian Studies 2.2 (2005): 65-86.

[3] Fortescue, Michael. “Comparative Nivkh Dictionary.” Lincom, 2016.

[4] Martin, Samuel Elmo. The Japanese language through time. Yale University Press, 1987.

[5] Francis-Ratte, Alexander Takenobu. Proto-Korean-Japanese: a new reconstruction of the common origin of the Japanese and Korean languages. Diss. The Ohio State University, 2016.

[6] Sergei, Nikolaev. "Toward the reconstruction of Proto-Algonquian-Wakashan. Part 2: Algonquian-Wakashan sound correspondences." Вестник РГГУ. Серия «Филология. Вопросы языкового родства» 4 (2015).

[7] Unger, J. Marshall. The role of contact in the origins of the Japanese and Korean languages. University of Hawai'i Press, 2009.

[8] Vovin, Alexander. Korea-Japonica: a re-evaluation of a common genetic origin. University of Hawaii Press, 2010.

[9] Whitman, John. "The relationship between Japanese and Korean." The languages of Japan and Korea (2012): 24-38.

*1:これらの言語の間の血縁関係 (genetic relation)について提唱はされているものの証明はされていない。このため共通要素は接触によるもの(借用関係)として捉えるのが妥当である。日朝両言語の血縁関係の提唱としては特にWhitman (2012), Francis-Ratte (2016)などを参照。