ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (2)
ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (2)
前回の投稿に引き続き日朝両語とニヴフ語に共通する語彙を探索する。
略称などは以前の投稿を参照
ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (1) - mmmSPのブログ
- PN *baʀ ‘stone’ = MK pahwoy ‘boulder’
三国史記に見られる高句麗地名 巴衣~波衣 'cliff, moutain, crag’ も関係あると思われる (Beckwith 2007)。
- PN *liɣr < liɣ-r ‘wolf’ → MK ilhi, ilhuy, ilhoy ‘id’
ニヴフ語の -r は動物名につく接尾辞であり、他にも*qod-r 'bear', *laq-r ' 'squirrel', *kuz-r 'wolverine' などに見られる(Nikolaev 2016)。ニヴフ語のli- と朝鮮語の il- が対応しているが朝鮮語は日本語と同様に語頭に流音を持たない言語であるため、外国語のli- を音位転換によって受け入れたと考えればスムーズに説明できる。
ニヴフ語の -ɣiが語尾として扱えるか更なる調査が必要。
- PN *nav < na-v ‘now’ → PR *nama < na-ma ‘id’
ニヴフ語には PN *nana 'recently' という語も存在し、語根 *na ‘now’ が想定できる(Fortescue 2011)。琉球語の *nama は本土日本語には見られず、ニヴフ語からの借用語と考えるほうが自然か。
- PN *qaw- ‘dry’ → OJ kawak- < kawA-Ak-*1 ‘id’
NJ kawarag- ‘や琉球諸語の*kawarak- (<kawA-Ar-Ak- ‘dry’)の反映系 (Shuri kaarach- など) を考慮するとOJ動詞語幹 kawak- は語根*kawA- と派生接尾辞 -Ak-に分解できる。この接尾辞 -Ak- の機能は定かではない (Russel 2008)。日本語において動詞語幹に -w が存在できない*2ことを考えるとこの語の起源はアムール語族であり、語幹を借用する際に接尾辞が挿入されたものと考えるほうが自然である。
- PN *ɢar(ŋ) ‘crow’ = OJ karasu < kara-su ‘id’
日本語の鳥類名称にはカラス、ホトトギス、カケス、ウグイスなど接尾辞 -suが確認できる。またニヴフ語にはこの語のように語尾に ‘不安定な’ ŋ が存在するものがいくつか見受けられ、この ŋ は方言や語形によって出現したり消えたりする (Janhunen 2016)。
- PN *qalŋ ‘tribe’ = OJ kara ‘blood kin’ ?= MK hal ‘*clan’
この語はツングース諸語 (祖型 *kala ‘clan, lineage’)にも見られる。またこの語形からニヴフ語のさらに古い語形は *kala-ŋ と再構できる (Janhunen 2016)
MKの意味は hal-api ‘grandfather’ < *’clan-father’などから再構できる。 (Francis-ratte 2016)
OJ karaはukara (親族), parakara (同胞) などの複合語の成分として確認できる。
これらの語が共通語源を持つことは確かであるがその経路には不確かさが残る。Janhunen (2016)はニヴフ語形がPN *ka (qa) ‘name’ に由来する可能性を提案しており、これが正しければアムール語族が究極的な語源となる。この場合朝鮮語に見られる語頭の h はツングース語内の音韻変化 (k → h(x)) が生じた後に借用されたものとして説明がつく。
この語が古代朝鮮半島南部の住民を指す “韓” (OC *gˤar, OJ kara)と関係しているかは不明である。
- PN *qacŋ ‘kind or sort’ = MK kaci ‘id’
この語はツングース諸語にも見られる (例えば満州語 hacin ‘id’)。究極的な起源は不詳である。Vovin (2013) はツングース語内の音韻対応の不規則さから朝鮮語から満州語への借用を主張しているが、ニヴフ語が究極的な起源である可能性は排除できない。
- PN * murŋ ?= MK *mor ?= OJ uma
“馬”を意味する共通の語が中央アジア・東アジアで広く用いられていることはよく知られている。この語はモンゴル語 (*morïn)、ツングース語 (*murin) にも見られ、中国語 馬 (*mra)も同源である。借用の経路はモンゴル語→ツングース語→ニヴフ語、および中国語→日本語と考えられており (Janhunen1998)、ニヴフ語・日本語・朝鮮語の関係に由来する共通語彙とは言い難い。
また以下の語は扶余言語に属するものと考えられ、アムール語族と扶余の関係性をより強く示唆している。
- PN *məkər- ‘straight < *true, right’ = Koguryeo *3 *mak(a)ri ‘true, right (正)’
中国の史書に記録されている高句麗の君主号 “莫離支” (MC mak lje tsye, OC * mˤak [r]aj ke) は 莫離 + 支 と分解でき、支 *ke は扶余及び朝鮮の君主号として ‘王’を意味する語であることが知られている。
また日本書紀のカナ注には百済の称号として正夫人(マカリオリクク)、世子 (マカリヨモ)、上臣 (マカリダロ)などが記録され、マカリの意味は ‘正’ と対応している。これらの情報を考慮すると高句麗の言語において *mak(a)ri ‘true, right’ という語を再構することができ、莫離支は ‘true king’ を意味するものと考えられる (Beckwith 2007)。
ニヴフ語 *məkər- の意味は ’straight’ であるが同じ語根を持つ *maɣ(tur) ‘true, right’ を考慮すれば元の意味が ’正しい’ であるという蓋然性は非常に高い。またこの ’真っ直ぐ’ と ‘正しい’ の意味変化は他の言語でも確認できる (c.f. Ancient Greek orthos ‘true, right, straight’)。
- PN *(er)i ‘river’ = Koguryeo *ir(i) ‘deep water (淵)’
高句麗の武将 “淵蓋蘇文” は日本書記において “伊梨柯須彌” iri kasumiと転写されており、姓の淵がイリと読まれていることからこの語が確認できる。母音と意味の対応には若干の弱さが見られるが周辺の他の言語に該当するような語彙が無く、ニヴフ語と同系統の言語が起源であることは十分ありえる。
- PN *χotaŋ ‘town’ = Paekche*4 *KOtan ∼ KOtar → OJ kutana∼kutara ‘Paekche’
百済の語源を参照。この語は東ユーラシアに広く分布しているが中世朝鮮語には見られず、朝鮮・日本においては扶余系統の言語に由来する要素であると考えることができる。
またこの語はアイヌ語 *kotan ‘village’ にも見られ、このような古い時期に大陸由来の語がアイヌ語に借用する経路は限られる。アイヌ語とニヴフ語は先史時代の接触があったことが知られており (Vovin 2016)、その際にこの語がニヴフ語からアイヌ語に借用されたとするのが妥当である。
参考文献 (過去と被るものは除外)
[1] Beckwith, Christopher I. Koguryo. Vol. 21. Brill, 2007.
[2] Fortescue, Michael. "The relationship of Nivkh to Chukotko-Kamchatkan revisited." Lingua 121.8 (2011): 1359-1376.
[3] Russell, Kerri L. A reconstruction and morphophonemic analysis of proto-Japonic verbal morphology. Diss. UMI Ann Arbor, 2008.
[4] Vovin, Alexander. "From Koguryǒ to T’amna: Slowly riding to the South with speakers of Proto-Korean." Korean Linguistics 15.2 (2013): 222-240.
[5] Janhunen, Juha. "The horse in East Asia: reviewing the linguistic evidence." The Bronze Age and Early Iron Age peoples of Eastern Central Asia 1 (1998): 415-430.
[6] Vovin, Alexander. "On the Linguistic Prehistory of Hokkaido." On the Languages of Hokkaidō and Sakhalin. Ed. by J. Janhunen (в печати) (2016).