ニヴフ語、日本語、朝鮮語の歴史的関係

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の歴史的関係

今回はこれまで行ってきたニヴフ語・日本語・朝鮮語の語彙比較から得られる言語学的な情報をまとめる。語彙の比較などは前回までの投稿を参照。

part1

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (1) - mmmSPのブログ

part2

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (2) - mmmSPのブログ

part3

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (3) - mmmSPのブログ

part4

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (4) - mmmSPのブログ

part5

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (5) - mmmSPのブログ

 

A. アムール語族と日本語族、アムール語族と朝鮮語族の間に言語接触があった。

これまで示してきたような共通語彙の存在から明らかである。またアムール語族-日本語族、アムール語族-朝鮮語族それぞれの間でのみ共有されている語彙があることから日本語-朝鮮語の言語接触を解した間接的な借用語以外の要素 (各語族とアムール語族の直接的な言語接触) も存在していることが分かる。

 

B. 上記言語接触は時系列的に複層構造を持つ。

少なくとも以下に示すような異なる二つの時代の言語接触があったことが示唆される。

 

B-1. より古い言語接触

たとえば以下のような要素は日流祖語の段階から存在する語彙がアムール語族と共通する例であり、非常に古い言語接触の影響を反映していると考えられる。

a-(i).      PN *kuti ‘hole’ = PJ *kutuy ‘mouth’

a-(ii).     PN *mra ‘stem’ = PJ *mətə ‘base, origin, root, trunk, classifier for plants’

a-(iii).    PN *qaw- ‘dry’ = PJ *kaw(a)-  ‘id’

 また中世朝鮮語においてアムール語族と共通する語彙の例を以下に示す。中世朝鮮語、及びその祖先である新羅語は歴史的・地理的経緯から考えてもアムール語族との直接的な言語接触の機会は限られ、また以下のように所謂 “基礎語彙” に相当するような共通語彙全てが百済語などを介した間接的な影響とは考えにくい。このため以下のような語彙のうち少なくとも一部は新羅語と百済語が地理的に分離する以前、朝鮮祖語と呼ばれる段階においてアムール語族と接触したために共有するようになった要素と考えることができる。

a-(iv).    PN *kuti ‘hole’ = MK kwut ‘cavity’

a-(v).     PN *baʀ ‘stone’ = MK pahwoy ‘boulder’

a-(vi).    PN *a- ‘kinship prefix’ = MK a- ‘id’

 上記a-(i)~a(vi) の項目には、非常に古い時代における言語接触の結果であるという点に加え、多くの場合音韻関係からどの言語が語彙の起源であるか判別できないという共通点を持つ。

 

B-2 より新しい言語接触

 上記の古い言語接触と比較して、言語学的観点から明らかに新しい言語接触によると見られる共通点が存在し、以下にその例を示す。

b-(i).      pre-PN *cVtAt ‘small bird’ → pre-OJ sitətə ‘id’

b-(ii).     pre-PN *(ŋ(a))-(a)c-Vl ‘foot’, *(ŋ(a))-(a)c-ɣ ‘leg’ → pre-OJ asuy~a ‘foot, leg’

b-(iii).    pre-PN *wAdVkVy ‘pustule’ → POK *pAtVkVy → pre-OJ *patakay ‘mange, scabies’

b-(iv).    pre-PN *mAkAr ‘true, right’ → POK *mak(a)ri ‘id’

 これらの語はそれぞれ日本語族・朝鮮語族内の分布が限られており、それぞれ日本語-琉球語の分岐、百済語-新羅語の分岐よりも後の時代における先上代日本語百済語に対する言語接触によってもたらされたものであることが分かる。また上記の例 b-(i)~b-(iv)はいずれも音韻的・形態的な情報からアムール語族が起源であることが確実となっている。

 

C. 言語学的な影響の方向から社会的な立場が示唆される。

言語接触において多くの影響を与える言語は社会的な立場が優位でありるという一般的な常識がある。この点を考慮すればB-1に相当する古い言語接触において、言語同士の立場の優劣はあまり明確ではなく、各言語話者が地理的に近い条件で共存していたために語彙が共有されるにいたったものと考えられる。一方でB-2に相当する新しい言語接触においてははっきりとした傾向が存在し、アムール語族 → 百済語 → 先上代日本語という影響の流れが確認できる。このことからアムール語族話者がこれらの言語 (先上代日本語百済語) 話者に対して該当する時代 (朝鮮三国時代、日本古墳(大和)時代) において “優位” な立場にあったこということが言語学的分析から得られる見解である。

 

D. 言語史と歴史の整合

言語史は歴史と一体であり、言語学的知見は考古学的知見・遺伝学的知見などと同様に書記記録に残らない情報を保存している。また言語学・考古学・遺伝学などで得られる情報は記述者の恣意性を含む記録よりもある意味 “中立” とすることもできる(もっとも解釈の恣意性は存在する)。今回の言語学的な調査で得られた情報はアムール語族が過去の北東アジアの言語世界において大きな影響力を持った存在であり、現在のニヴフ語がおかれている社会状況とはまったく異なるということを示している。この影響は上代日本語及び百済語において最も顕著であり、これらの言語がアムール語族に属する言語と接触したと推定される時期は百済王国及び大和朝廷の設立時期と重なる。このような言語話者を歴史上の民族集団に同定するならば、それは扶余民族しかありえず、このアムール語族に属する言語は扶余語と呼ばれるべきである。

 

E. 北東アジアの言語史には謎が残る。

最後に、今回行った言語学的な調査から示唆される三語族の歴史的なかかわりを下図にまとめる。本稿は決して何らかの結論を出すといった趣旨のものではなく、むしろ北東アジアにおける言語史における新しい視点の議論を始めるための嚆矢となることを期待している。本稿で扱った三語族の関係についても未だに判然としない事柄はいくつも存在し、以下のような項目が挙げられる。将来的な研究がこれらの謎について新たな知見をもたらしてくれることを願う。

 

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各語族の歴史的関係

 

◇アムール語族・日本語族・朝鮮語族についてはっきりとはしない項目

・扶余民族の言語とニヴフ語が同系統だとして、ニヴフ語は扶余語の直接の子孫か?

朝鮮半島における日本語族 (Peninsular Japonic) はいつまで存続したのか? 地理的な範囲はどこまで広がっていたのか? 百済語と半島日本語族の言語接触はどの程度存在したのか?

朝鮮半島において朝鮮語族が広まっていった過程はどのようなものか?

百済における扶余語はいつまで存続したのか?

・扶余語と上代日本語の直接的な接触はあったのか、あるいはすべて百済語を介したものであったのか?

・中世朝鮮語にはどの程度百済語の影響が存在するのか?

高句麗における扶余語の普及はどの程度であったのか?

 

 

 

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (5)

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (5)

前回の投稿に引き続き日朝両語とニヴフ語に共通する語彙を探索する。

略称などは以前の投稿を参照

part1

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (1) - mmmSPのブログ

part2

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (2) - mmmSPのブログ

part3

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (3) - mmmSPのブログ

part4

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (4) - mmmSPのブログ

 

  • PN *n’e- ‘put on head or shoulder’ = MK ni:-, nyey-, í- ‘places on the head, places above’ ?= OJ ni ‘burden’

OJ ni < *nəy は百済語 *nə ‘burden’ (Bentley 1998)からの借用と思われ、音韻的な対応に問題がある。

 

  • PN *tləɣi < tlə-ɣi ‘lynx’ = MK kwo:y ‘cat’

PN  *tləɣi ‘lynx’ と OJ twora ‘tiger’ の比較が成立する場合、PN語形の接尾辞 -ɣi とMK kwo:y ‘cat’ が対応するかもしれない。ただし不確定要素が大きい。

 

  • PN *ger ‘dirt’ = OJ kitana- < kita-na- ‘dirty’

日本語における形容詞派生語尾 -na- は「せわしない」、「あどけない」などに見られる。否定形容詞 na- とは異なる点に注意。

 

  • PN *ŋawr <? *ŋa-wr ‘intestines, guts’ = OJ wata ‘id’

PN語形の最終子音 r は接辞だと考えられるため比較は難しい。

 

  • PN *ma ‘span between fingers’ = OJ made ‘untill, so much that’ < *ma-de ‘span’, MJ ma ‘interval’

Frellesvig (2010) は上代日本語助詞「マデ (made)」が元々名詞であり、後に副助詞 (restrictive particles) として文法化したものであるということを指摘している。このような名詞由来の副助詞の例は日本語の歴史においていくつも例がみられる。

NJ bakari ‘about, only’ < hakari ‘estimate, limit’

NJ hodo ‘about < hodo ‘extent’

NJ kurai ~ gurai ‘about’ < kurai ‘rank’

NJ dake ‘only’ < take ‘height’

日本語の史料において名詞としての「マデ」の用例は確認できないが、文献学的知見からその意味を間接的に知ることは可能である。万葉集のいわゆる ”戯書” 表記において、助詞「マデ」に対して以下のような表記が存在する。(相当する部分を太字で示す。)

幾代(いくよ)左右にか(一・三四)

千代(ちよ)二手に(一・七八)

舟泊(は)つる左右手(七・一一八九)

すべなき諸手に(一〇・一九九七)

これらの例から「マデ」の意味は左右の両手と何らかの関わりがあることがわかる。上で示した副助詞化した名詞の例がいずれも物事の程度を表す単語であることを考慮すると、名詞としての「マデ」の意味はOJにおいて ‘両手(を広げた際)の幅’ とするのが妥当である。またこのような特殊化した意味はより一般的な意味からの派生と考えられるため pre-OJ *made ‘span’ を想定することが可能である。

この単語が意味的・音韻的にPN *ma ‘span between fingers’ と近いことは見逃せず、同根語であると考えられる。また OJ made における語尾の -de は usiro-de (後手/back side), naga-te (長手/ lengthwise) などにみられる空間接尾辞 -te ~ -de ‘space, side, direction’ に同定できる。

加えて、この語はMJ ma ‘interval’ と関係があるかもしれない。

 

参考文献 (過去と被るものは除外)

[1] Frellesvig, Bjarke. A history of the Japanese language. Cambridge University Press, 2010.

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (4)

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (4)

前回の投稿に引き続き日朝両語とニヴフ語に共通する語彙を探索する。

略称などは以前の投稿を参照

part1

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (1) - mmmSPのブログ

part2

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (2) - mmmSPのブログ

part3

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (3) - mmmSPのブログ

 

今回比較する語彙はこれまでのものと比べて意味や音韻の対応における問題が大きく、関連が疑わしいものも多い。

しかしニヴフ語・日本語・朝鮮語の研究が進むことでこれらの比較に新たな光が当たることも将来的にはありえるため、参考のために列挙する。

                                                        

  • PN *gəɣ(gəɣ) ‘swan’ = MK kwohay, kwohway ‘id’ = OJ kukupi, kupi ‘id’

ニヴフ語形は畳語のようであり、PN *ə と日本語・朝鮮語の後舌母音の対応には問題がある。

日本語形はOJ kukupi ∼ kupi に加えて MJ kofu ∼ kofi の変種があり安定しない。

Francis-Ratte (2016) によれば  MK kwohway < *kwohowoy < pK *kokopi

日本語・朝鮮語に見られる語末の –pi は鳥類名称における接辞と定義できるかもしれない。

 

  • PN d'evrq < d’ev-rq ‘small bird’ = MK ceypi ‘swallow’ = MJ kafa-sebi 'kingfisher'

ニヴフ語において鳥類の名称につく接辞 –r(a)q は *darkraʀ ‘capercaillie’ や *qoj(rq) ‘pegeon’ などで確認でき、PN語根は d’ev と想定できる。MK ceypi ‘swallow’ とは音韻的に対応するが意味の対応に弱さがあるため実際に関連しているかは不明である。

日本語の ‘カワセミ’ に見られる semi は古い語形で sebi, sobi などの変種がある *1。この中で sebi はニヴフ語形と比較できるが PN /v/ と MJ /b/ < /np/ の対応など問題が残る。

EDALではツングース祖語として *čipi- ‘swallow’, *debere-n ‘young (of birds)’ などを再構しているが関係しているのだろうか。

 

  • PN -r(a)q ‘suffix in bird names’ = pre-MK *raki = MJ fitaki ‘a k. o. bird’

PN -–r(a)q は *qoj(rq) ‘pigeon’, *darkraʀ ‘capercaillie’ などに見られ、鳥類名称につく接尾辞と考えられる。

MKの鳥類語彙 cwuraki ‘quail’, pitwulki 'pigeon', wolhi ‘duck, heron’などから語尾 –r(a)ki を分解できるかもしれない。

MJ fitaki が fi-taki と分解できる場合接尾辞がニヴフ語と比較できる。語頭の fi < OJ pi-は MJ fibari (ヒバリ)、fifa (ヒワ) などと共通しているかもしれない。

いずれにしても朝鮮語・日本語において上記の分解が可能かどうかは不確かさが大きい。

 

  • PN *loʀaj ‘crane’ → MK wolhi ‘duck, heron’

MKにおける音位転換を想定。PN ‘wolf’ も参照。いずれの言語でも水鳥を指す単語である。

ただしこの比較と一つ上の比較は両立できない。

 

  • PN *darkraʀ < *dark-raʀ ‘capercaillie’ = MK tolk ‘chicken’

PNにおける -raʀ は接尾辞だと思われる。音韻的には対応するが意味の対応に弱さが存在する。

 

  • PN *kəŋri ‘duck’ → OJ kari ‘goose’

両方とも水鳥を指す。関連している場合ニヴフ語から日本語への借用時に語中のŋ が抜けたはずである。

 

  • PN *buk(u) ‘cuckoo’ = NK ppeokkuk ‘cuckoo’

意味は対応しているが音韻対応に問題がある。両語ともオノマトペ由来か?

 

  • PN *ivŋ ‘he/she’ = MK i- ‘this’

指示代名詞と三人称代名詞の関連は言語学的によく見られる現象である。

 

  • PN *gunt < g-unt ‘that (absent)’ = MK ku ‘that (mesial)’

PN *gunt に見られる語尾 –(u)nt は他に *dunt ‘this’, *hunt ‘that’, tunt ‘what’, *tant ‘which’ などにもみられる。

 

  • PN *ta- ‘where’, *tant ‘which’ , *tamci-‘what kind’ *tunt ‘what’ = OJ ta- ‘who’

音韻的には対応しているがニヴフ語では疑問視一般に見られる形態素であるのに対して日本語では ‘誰’ のみに現れる。また琉球諸語の反映系を考えるとPJ語形は *taru∼taro であると思われるため音韻的な対応も弱くなる。

 

  • PN *d’e-‘three’, *nə(r) ‘four’, *to(r) ‘five’ = MK seyh < *seki ‘three’, MK neyh < *neki ‘four’, MK tasos ‘five’

朝鮮語の数詞は基本的な1-10の数詞と十の倍数である20, 30, 40…の数詞の間の関係が非常に不規則であることが知られている (Francis-Ratte 2015)。

この不規則さは外国語の影響である可能性もあり、ニヴフ語数詞3, 4, 5 と対応する朝鮮語数詞の音韻的な近さを考えるとアムール語族の数詞によって朝鮮語固有の数詞が置き換えられたと考えることもできる。

ただし両者の関係は規則的とは言い難く、また朝鮮語の数詞は複雑な歴史を辿っていると考えられるためあくまで推測に留まる。

 

ニヴフ語と中世朝鮮語の数詞一覧

PN

 

MK

 

MK

1

*n’ə-

 

honah

-

-

-

2

*me-

 

twu:lh*2

20

sumulh

3

*d’e-

?=

seyh*3

?=

30

syelhun

4

*nə(r)

?=

neyh

40

mazon

5

*to(r)

?=

tasos

50

swuyn

6

*ŋaʀ

 

yesus

?=

60

yesywuyn

7

*ŋamk

 

nilkwop

=

70

nilhun

8

*minr*4

 

yetulp

=

80

yetun

9

*n’an-

 

ahwop

=

90

ahon

10

*mɣo-

 

yelh

-

100

wo:n

 

  • PN *aɣi ‘not want’ = OJ ak- ‘get tired of’ > MJ aki-

日本語の ‘飽きる’ が母音語幹 aki- を持つようになったのは比較的最近のことであり、上代日本語では子音語幹 ak- を持つ。またニヴフ語形とは意味の対応にも不確かさがある。

 

  • PN *coʀ- ‘melt = MJ toke- ‘id’ ?< OJ toke- < təkA-Ai- ‘untie’

この関係は複数の問題があるため実際に成立するかは怪しい。

  1. ニヴフ語の c と日本語の t は対応するのか。
  2. ニヴフ語の o と上代日本語の o (o1)(< PJ ə) は対応するのか。
  3. 上代日本語における tok- ~ toke-の意味は ‘ほどく’ のみであり ‘溶ける’ の意味では用いられない。

推測であるが日本語の’溶ける’と’解ける’が別語源と考えると、MJ toke- ‘melt’ は確認されていないOJ動詞 *twoke- (tokA-Ai-) から派生した可能性があり、ニヴフ語との比較が考えやすくなる。MJ toke-の他動詞形 tok- と tokas- はそれぞれ ‘ほどく’ と ‘溶かす’ という意味でしか用いられないことからも別語源説はありえない話ではない。

 

  • PN *car- ‘full’ = MK cola- ‘suffice’ = OJ *tar- ‘suffice’

意味・音韻の対応に問題がある。

 

  • PN *waqi ‘box’ MK pakwoní, pakwulley / pakwuley ‘basket’ OJ pakwo ‘box’

朝鮮語の諸方言において語頭が *pakV であることは一致しているが最終音節の形状には多くのバリエーションが存在する (Francis-Ratte 2016)。仮にこの関係が成り立つとした場合、頭子音の関係から Amuric → Koreanic → Japonic という借用語の流れが想定できる。

 

  • PN *wa ‘sword’ = OJ pa ‘blade’

ニヴフ語形は PN *wal ‘cut off’ と関連していると考えられる。

 

  • PN *turi ‘bridge’ = MK toil ‘bridge’

母音の対応に問題がある。

 

  • PN *keŋ ‘sun’ = MK hoy ‘sun’ = OJ –ka, -key ‘day’

母音の対応に問題がある。

 

  • PN *gəl- ‘long’ = MK kil- ‘long’, kiluy ‘length’

母音の対応に問題がある。

 

  • PN *gut-‘fall down’ = OJ kuti- ‘rot’

OJ kutat- ‘come down’ ~ kutas- ‘rot (tr)’ などから語根 *kutA- ‘go down, rot’ が再構築できる。OJ kudar ‘go down’ ~ kudas ‘take down’ も関係している可能性がある。

 

  • PN *qoʀla ‘mind, soul’ = OJ kokoro ‘heart, feeling’

母音・意味の対応に問題がある。

 

  • PN *ke ‘put on (clothing)’, *kir- ‘use, wear’ = OJ ki- ‘wear’

ニヴフ語の二つの動詞は関連していないと思われるがいずれかがOJと関連している可能性はある。

 

  • PN *porloʀ ‘make hole’ = OJ por- ‘dig’-

PN語形の loʀ が接辞であれば比較が成り立つが未詳。

 

  • PN *tə ‘door, hole in ice’ = OJ two ‘door, gate’

母音の対応に問題がある。

 

  • PN *to- ‘take (somewhere)’ = OJ tor- twor- ‘take’ ?= MK tul- ‘holds up, raises’

Bentley (1999) によれば OJには二つの動詞 tor- ‘take, pickup, capture’ と twor- ‘hold, support’ が存在する。ニヴフ語との対応において母音の対応は後者の方が良いが、意味的には前者の方が近い。また朝鮮語の語形も母音の対応に問題がある。加えて日本語、朝鮮語の両者とも語尾 r ~ lが説明できない。

c.f. Koguryeo towng(冬) 'to take (取)' (Beckwith, 2007)

 

  • PN *tuɣr ‘bed’ = OJ toko ‘bed’, tokoro ‘place’ = MK theh ‘ground, foundation, place’

母音の対応に問題がある。MK語形の最後の –h は接尾辞であると思われる。

 

  • PN *d’ək ‘(a) long time’ = MK cèk ‘time = OJ toki ‘time

意味の対応が弱い。また音韻的にも問題がある。

 

  • PN *bar ‘bandage’ = OJ par- ‘attach’

意味の対応に問題がある。

 

  • PN *perŋ ‘worm or (crawling) insect’ = OJ piru ‘leech’

音韻及び意味のマッチが弱い。

 

  • PN *kəvɣəv ‘spider’ ?= OJ kumo < *kubo ‘spider’ ?= MK kèmúy "id"

ニヴフ語形は畳語のようである。

母音がマッチしない上にPN /v/と OJ・MK /m/ の対応が成り立つかは非常に怪しい。日本語形は琉球諸語の語形を考慮すると *kubo からの派生と考えられるがそれでもニヴフ語の /v/ と日本語 /b/ (< np) の対応には問題がある。あくまで参考のために記載した。

 

  • PN *xem ‘seed’ (Nikolaev 2016) = OJ kibi < *kimi? ‘millet’

意味・音韻の対応に問題がある。琉球諸語の語形を考えると日本祖語の語形は *kimiであろうか。

 

  • PN *qarχ- ‘dry’ (Nikolaev 2016) = OJ kare- ‘dry (intr)’, karas ‘dry (tr)’

ニヴフ語の単語はアムール方言qharχ­-qharaʀ-ʒとして確認されている (Nikolaev 2015)。

日本語の動詞の語根は karA- である (Russel 2008)。

 

  • PN *heχ- ‘to hear about, feel’ (Nikolaev 2016) = OJ kik- ‘hear’

音韻の対応に問題がある。

 

  • PN *an-q ‘who’, *an- ‘who; where’, *na-r ‘who’ (Nicolaev 2016) = COJ nani ‘what’ = EOJ ‘an-‘ ‘id’ = PR *nau ‘id’

Nikolaev (2016)によればニヴフ語形はすべて同じ語根を持つ。

日本語 ‘ナニ’ に相当する疑問視は日本語族内の対応が非常に不規則なことで知ら、祖型の構築が難しい。

 

  • PN *pəɣ-z- ‘throw’ (Nicolaev 2016), NJ hokas- ‘to throw (away)

日本語 ‘ほかす’ は主に関西で使用される方言となる。

 

  • PN *phu­, *phuj- ‘to set fire, shine (sun)’ (Nicolaev 2016) = OJ pwi ‘fire’ ?= MK pul ‘fire’

ニヴフ語の動詞と日本語・朝鮮語の名詞の比較になる。

 

参考文献 (過去と被るものは除外)

[1] Francis-Ratte, Alexander. “The Origins of the Korean Numeral System in Comparative Perspective” International Conference on Korean Linguistics (2015)

*1:このような母音の変種 e ∼ o は例外的であるがカワセミを示す古語 OJ soni-dori が関係しているのかもしれない。

*2:PN *doŋr ‘twin’と朝鮮語 twulh には関係があるのだろうか?

*3:seyh < seki, 三枝(さきくさ) の saki として日本語に借用された。

*4:‘2’ *me- と ‘4’ *nə(r) の複合語と考えられる。

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (3)

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (3)

前回の投稿に引き続き日朝両語とニヴフ語に共通する語彙を探索する。

略称などは以前の投稿を参照

part1

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (1) - mmmSPのブログ

part2

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (2) - mmmSPのブログ

 

  • PN *tvi- ‘finish’ = OJ tupi ‘end ’

OJ tupiは基本的にtupi-ni ‘終に’ の形で副詞的に用いられる。

動詞 tupiyas- ‘費やす’, tupiye- ‘費える’ は関係しているのだろうか。

 

  • PN *dam(a)- ‘silent’ = MK tamul- ‘shuts the mouth’

Francis-Ratte (2016)によれば MK tamul < *tam- ‘stops’ + *-(o/u)l- ‘continuative’。借用の方向性は不明。

 

  • PN *ŋazl ‘foot’, *ŋacɣ ‘leg’ → OJ asi < asuy, a- ‘foot, leg’

この比較はそれぞれの言語の祖形導出に多くの不確定要素があるが対応自体は規則的である。

日本語のasi は琉球諸語には殆ど見られない語彙であり、両者が分かれた後に日本語が独自に借用した語彙である可能性が高い。また福岡県の足羽(あすわ < あすは)神社、岡山県の足次山(あすわやま)神社などの名称表記からOJ asi の異形 asu- が確認でき、最終母音 はイ (<uy) 相当であることがわかる *1。一方でOJ asiは複合語において a-という異形も持ち (a-gak- ‘足掻く’, a-bumi ‘鐙’ など)、EOJでは足 (あ)という単独形での使用も確認されている (Vovin 2012)。このような asi ∼ a のバリエーションは日本語内部の機構では説明がつかず、もともと別の語であったのではないかという推測ができる。

ニヴフ語のŋa- ∼ ŋ- は身体語彙につく接頭辞である (Nikolaev 2016)。このためPN *ŋazl,  *ŋacɣ に見られる母音aが語根由来か接頭辞由来かは定かではない。語根にaが存在する場合日本語の語形と語根 (*ac-) との直接比較が可能であり、また語根に母音 a が無い場合でも PN *ŋ- = OJ ∅- という対応を想定することで接頭辞つきのPN語形 (ŋa-c-) と日本語形との比較が可能である (下に関係を示す)。

PN *ŋazl < *(ŋ(a))-(a)c-Vl ‘foot’ → pre-OJ asur > asuy > OJ asi ‘foot, leg’

PN *ŋacɣ < *(ŋ(a))-(a)c-ɣ ‘leg’ → pre-OJ a → COJ a-, EOJ a ‘foot, leg’

ニヴフ語の二つの語それぞれは日本語におけるasi, a- という二つの形態と対応しており、もともとニヴフ語で別の意味 (足≠脚)であったものが両者を区別しない日本語に入ったことで混交し、同じ語の異形態として扱われるようになったのだろう。

 

  • PN *a(ra)qm ‘hail’ = OJ arare < ara-re ‘id’

OJ arareはmizore (霙) や sigure (時雨) と同様の語尾 -reを持っており、ara-reと分解できる *2

ニヴフ語形が *ara-qm と分解できるかは不明である。

 

  • PN *qar ‘spade’ = MK ka:l- ‘plows it, cultivates it’ ?= OJ kara-suki ‘t.o. spade’

PNとMKでは名詞と動詞の比較になるが意味・音韻が対応していることから関係があると思われる。日本語のkara-suki (韓鋤) は通常 ‘韓 (から) の鋤’ という意味で捉えられるが民間語源である可能性があり、PN *qar の借用である可能性も捨てきれない。

 

  • PN *hal ‘skin or body’ = OJ karada < *kara-n-ta ‘body’

亡骸 (nakigara < naki-n-kara)という語を考慮すると日本語形はkara-daと分解できる。また “性質、模様” を意味する接尾辞 –gara (神柄、家柄など) も同じ語源か。

 

  • PN *-(u)k ‘locative/allative case marker’ = OJ –ko-ka ‘place’ = MK -k / -h / *-h ‘locative suffix’-

ニヴフ語の接尾辞は格標識以外にも rˇa-k ‘where’ などの語彙にみられる (Fortescue 2011)。

日本語はの接尾辞はko-ko ‘here’, so-ko ‘there’, sumi-ka ‘dwelling’ , umika ‘oceanside’ などにみられる。

朝鮮語の接尾辞の例は wuh ‘above,’ mith ‘below,’ anh ‘inside,’ pask ‘outside’ など多数ある (Francis-Ratte 2016)。

 

  • PN *a- ‘over there’ → MJ a- ‘distal demonstrative’

日本語の指示詞は近称 ko-、中称so-、遠称 a-/ka- からなる。しかしなぜ遠称が二つのバリエーションを持つのか納得できる説明はない。故にこの関係が真だとすればニヴフ語から日本語への借用と考える方が自然である。

 

  • PN *zaq ‘tomtit (Fortescue 2016), chickadee (Nikolaev 2015)’ = MK say < saCi ‘bird’ = OJ sazaki < sa-n-saki ‘small bird’

ニヴフ語の単語は小さい鳴く鳥を指すようであり、朝鮮語では鳥一般を示しているため、対応に弱さはあるが音韻的にはよく対応している。日本語の sazaki は接頭辞 sa- (小) を認める場合 sa-n-saki と分解できる。

 

  • PN *crat ‘small bird’ → OJ sitoto < sitətə ‘id’

日本語のシトト ‘小鳥’ は古事記にも見られる古い語であるが出現が限られ、語源も不明であるため借用語である蓋然性が高い。pre-PNの語形は *cVdAt と表せ、日本語における最終母音は挿入音と考えられる。

 

  • PN *ŋaz- ‘shallow’ → OJ asa- ‘id’

上の PN ‘foot, leg’ の例と同様に PN *ŋ- = OJ ∅- という対応を想定した。

 

 

参考文献 (過去と被るものは除外)

[1] Vovin, Alexander. “Man’yōshū, Book 14, a new English translation containing the original text, kana transliteration. romanization, glossing and commentary.” Brill (2012)

[2] Fortescue, Michael. Comparative Chukotko-kamchatkan dictionary. Vol. 23. Walter de Gruyter, 2011.

 

 

 

*1:上代日本語において子音 s, t, r, n, w, y につくイとイは区別されないが、例えば ‘kuti~kutu ‘口’のように異形態の関係から潜在的な母音を想定できるものが存在する (この場合 kuti < kutuy)。

*2:NJ turara ‘icicle’ は tur-u (吊る) + ara (氷?)、もしくは tura (列) + ara (氷?)と分解できるがこのara ‘ice?’ も関連しているかもしれない。

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (2)

 ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (2)

 

前回の投稿に引き続き日朝両語とニヴフ語に共通する語彙を探索する。

略称などは以前の投稿を参照

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (1) - mmmSPのブログ

 

  • PN *baʀ ‘stone’ = MK pahwoy ‘boulder’

三国史記に見られる高句麗地名 巴衣~波衣 'cliff, moutain, crag’ も関係あると思われる (Beckwith 2007)。

 

  • PN *liɣr < liɣ-r ‘wolf’ → MK ilhi, ilhuy, ilhoy ‘id’

ニヴフ語の -r は動物名につく接尾辞であり、他にも*qod-r 'bear', *laq-r ' 'squirrel', *kuz-r 'wolverine' などに見られる(Nikolaev 2016)。ニヴフ語のli- と朝鮮語の il- が対応しているが朝鮮語は日本語と同様に語頭に流音を持たない言語であるため、外国語のli- を音位転換によって受け入れたと考えればスムーズに説明できる。

 

  • PN *tləɣi ‘lynx’ = OJ twora ‘tiger

ニヴフ語の -ɣiが語尾として扱えるか更なる調査が必要。

 

  • PN *nav < na-v ‘now’ → PR *nama < na-ma ‘id’

ニヴフ語には PN *nana 'recently' という語も存在し、語根 *na ‘now’ が想定できる(Fortescue 2011)。琉球語の *nama は本土日本語には見られず、ニヴフ語からの借用語と考えるほうが自然か。

 

  • PN *qaw- ‘dry’ → OJ kawak- < kawA-Ak-*1 ‘id’

NJ kawarag- ‘や琉球諸語の*kawarak- (<kawA-Ar-Ak- ‘dry’)の反映系 (Shuri kaarach- など) を考慮するとOJ動詞語幹 kawak- は語根*kawA- と派生接尾辞 -Ak-に分解できる。この接尾辞 -Ak- の機能は定かではない (Russel 2008)。日本語において動詞語幹に -w が存在できない*2ことを考えるとこの語の起源はアムール語族であり、語幹を借用する際に接尾辞が挿入されたものと考えるほうが自然である。

 

  • PN *ɢar(ŋ) ‘crow’ = OJ karasu < kara-su ‘id’

日本語の鳥類名称にはカラス、ホトトギス、カケス、ウグイスなど接尾辞 -suが確認できる。またニヴフ語にはこの語のように語尾に ‘不安定な’ ŋ が存在するものがいくつか見受けられ、この ŋ は方言や語形によって出現したり消えたりする (Janhunen 2016)。

 

  • PN *qalŋ ‘tribe’ = OJ kara ‘blood kin’ ?= MK hal ‘*clan’

この語はツングース諸語 (祖型 *kala ‘clan, lineage’)にも見られる。またこの語形からニヴフ語のさらに古い語形は *kala-ŋ と再構できる (Janhunen 2016)

MKの意味は hal-api ‘grandfather’ < *’clan-father’などから再構できる。 (Francis-ratte 2016)

OJ karaはukara (親族), parakara (同胞) などの複合語の成分として確認できる。

これらの語が共通語源を持つことは確かであるがその経路には不確かさが残る。Janhunen (2016)はニヴフ語形がPN *ka (qa) ‘name’ に由来する可能性を提案しており、これが正しければアムール語族が究極的な語源となる。この場合朝鮮語に見られる語頭の h はツングース語内の音韻変化 (k → h(x)) が生じた後に借用されたものとして説明がつく。

この語が古代朝鮮半島南部の住民を指す “韓” (OC *gˤar, OJ kara)と関係しているかは不明である。

 

  • PN *qacŋ ‘kind or sort’ = MK kaci ‘id’

この語はツングース諸語にも見られる (例えば満州語 hacin ‘id’)。究極的な起源は不詳である。Vovin (2013) はツングース語内の音韻対応の不規則さから朝鮮語から満州語への借用を主張しているが、ニヴフ語が究極的な起源である可能性は排除できない。

 

  • PN * murŋ ?= MK *mor ?= OJ uma

“馬”を意味する共通の語が中央アジア・東アジアで広く用いられていることはよく知られている。この語はモンゴル語 (*morïn)、ツングース語 (*murin) にも見られ、中国語 馬 (*mra)も同源である。借用の経路はモンゴル語ツングース語→ニヴフ語、および中国語→日本語と考えられており (Janhunen1998)、ニヴフ語・日本語・朝鮮語の関係に由来する共通語彙とは言い難い。

 

 

また以下の語は扶余言語に属するものと考えられ、アムール語族と扶余の関係性をより強く示唆している。

 

  • PN *məkər- ‘straight < *true, right’ = Koguryeo *3 *mak(a)ri ‘true, right (正)’

中国の史書に記録されている高句麗の君主号 “莫離支” (MC mak lje tsye, OC * mˤak [r]aj ke) は 莫離 + 支 と分解でき、支 *ke は扶余及び朝鮮の君主号として ‘王’を意味する語であることが知られている。

また日本書紀のカナ注には百済の称号として正夫人(マカリオリクク)、世子 (マカリヨモ)、上臣 (マカリダロ)などが記録され、マカリの意味は ‘正’ と対応している。これらの情報を考慮すると高句麗の言語において *mak(a)ri ‘true, right’ という語を再構することができ、莫離支は ‘true king’ を意味するものと考えられる (Beckwith 2007)。

ニヴフ語 *məkər- の意味は ’straight’ であるが同じ語根を持つ *maɣ(tur) ‘true, right’ を考慮すれば元の意味が ’正しい’ であるという蓋然性は非常に高い。またこの ’真っ直ぐ’ と ‘正しい’ の意味変化は他の言語でも確認できる (c.f. Ancient Greek orthos ‘true, right, straight’)。

 

  • PN *(er)i ‘river’ = Koguryeo *ir(i) ‘deep water (淵)’

高句麗の武将 “淵蓋蘇文” は日本書記において “伊梨柯須彌” iri kasumiと転写されており、姓の淵がイリと読まれていることからこの語が確認できる。母音と意味の対応には若干の弱さが見られるが周辺の他の言語に該当するような語彙が無く、ニヴフ語と同系統の言語が起源であることは十分ありえる。

 

  • PN *χotaŋ ‘town’ = Paekche*4 *KOtan KOtar → OJ kutanakutara ‘Paekche’

百済の語源を参照。この語は東ユーラシアに広く分布しているが中世朝鮮語には見られず、朝鮮・日本においては扶余系統の言語に由来する要素であると考えることができる。

またこの語はアイヌ語 *kotan ‘village’ にも見られ、このような古い時期に大陸由来の語がアイヌ語に借用する経路は限られる。アイヌ語ニヴフ語は先史時代の接触があったことが知られており (Vovin 2016)、その際にこの語がニヴフ語からアイヌ語に借用されたとするのが妥当である。

 

 

参考文献 (過去と被るものは除外)

[1] Beckwith, Christopher I. Koguryo. Vol. 21. Brill, 2007.

[2] Fortescue, Michael. "The relationship of Nivkh to Chukotko-Kamchatkan revisited." Lingua 121.8 (2011): 1359-1376.

[3] Russell, Kerri L. A reconstruction and morphophonemic analysis of proto-Japonic verbal morphology. Diss. UMI Ann Arbor, 2008.

[4] Vovin, Alexander. "From Koguryǒ to T’amna: Slowly riding to the South with speakers of Proto-Korean." Korean Linguistics 15.2 (2013): 222-240.

[5] Janhunen, Juha. "The horse in East Asia: reviewing the linguistic evidence." The Bronze Age and Early Iron Age peoples of Eastern Central Asia 1 (1998): 415-430.

[6] Vovin, Alexander. "On the Linguistic Prehistory of Hokkaido." On the Languages of Hokkaidō and Sakhalin. Ed. by J. Janhunen (в печати) (2016).

*1:この分解はRussel (2008)による

*2:OJ子音 y, w, n, d, zで終わる通常の動詞語幹は存在しない。

*3:この名称は便宜的なものである

*4:同上

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (1)

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (1)

 

ニヴフ語 (もしくはギリヤーク語) はロシア極東のアムール川河口及びサハリン島で話される孤立した言語である。この言語は現在消滅の危機に瀕しており、話者は高齢者に限られその数は年々減少している。この言語は現代において弱い立場におかれているが、遠い過去においては状況がまったくちがったであろうことをJanhunen (2016)は指摘している。

Janhunenによればニヴフ語 (=アムール語族) は広義の満州地域 (Manchuria) に属する言語であり、過去において地理的にこの地域のより中心的な位置を占めていたはずだという。また近世~近代のニヴフ民族は比較的 “原始的” な漁労生活を送っていることで知られているがニヴフ語 (の祖先)はかつてより”高度”な文化に属していたことがその語彙から示唆される。例えばニヴフ語は周囲とは独立した冶金に関する語彙を持つ (e.g. doto ‘silver’, ‘dews ‘copper’, tac ‘tin’)。

 このような文脈において Janhunen (2005)は中国の史書にみられる満州の扶余民族がアムール語族話者であった可能性を指摘しており、さらには朝鮮三国時代朝鮮半島から満州にかけて強勢を誇った高句麗の支配層言語との関連を示唆している。この扶余民族が朝鮮半島百済王国、及び日本列島の大和王権の成立に深くかかわっていることは周知の事実であり、仮に扶余 = アムール語族が正しい場合、百済 (朝鮮) 及び日本の言語においてアムール語族の影響が見られることが予想される。

 本ブログではこの予想の正否を言語学的な観点から探っていきたい。具体的にはニヴフ語と日本語、朝鮮語の語彙を比較し、共通要素を探求する。共通要素は言語接触 (借用) によるものと考えられるが *1 、どのような方向で借用がなされていたかにつていも考察していく。

 

語彙比較

ニヴフ祖語 (PN:Proto-Nivkh)の語形及びグロスは特に注釈がなければCNDによる。上代日本語 (OJ:Old Japanese)の転写はOCOJに準拠し、中世朝鮮語 (MK:Middle Korean)の転写はYale式を用いる。さらに遡った語形は注がなければ筆者の再構である。

 

  • PN * tlaŋi < tVlaŋay (Janhunen, 2016) → Sakhalin Ainu tunakay ‘id’ > NJ tonakai ‘id’

この語は日本語 ‘トナカイ’ の語源であり、ニヴフ語が起源であることは広く知られている。比較的最近の借用語であるため現在の議論と直接かかわる語彙ではないがニヴフ語の音韻史を知るうえで重要であるため載せている。ニヴフ語では tVl > tl に見られるように子音間の母音消失が激しく、この語のように外部の要素 (例えばここではアイヌ語・日本語における借用) がなければニヴフ祖語で消失した母音を知ることは難しい。また語尾の –Vy という二重母音 (もしくは母音+渡り音) が単母音 –i に変化する現象もニヴフ語の語形を遡って再構するうえで重要である。

 

  • PN *kedr- < *kedVr ’rub on or grate’ = OJ keydur- ‘shave, plane’

英語では意味の対応がわかりづらいが両方とも日本語の ’削る、擦る’ という語で表せる。先述のようにニヴフ語の子音クラスタは間の母音消失によって生じた二次的なものである。借用の方向は定かではないが日本語において語尾以外のエが例外的であることを考えるとニヴフ語起源であると考えるのが妥当か。

 

  • PN *kuti ‘hole’ = MK kwut ‘cavity’ = OJ kuti ~ kutu- < *kutuy ‘mouth’

ニヴフ語と朝鮮語の間では意味対応、音韻対応ともに完璧であり関連があるのは間違いない。日本語形は意味の対応に若干弱さがあるがこの関係性を認める場合ニヴフ語における語末の –i は二重母音 –Vyにさかのぼる可能性がある。借用の方向は定かではない。

 

  • PN *a- ‘kinship prefix’ = MK a- ‘id’ ?= COJ omo ~ EOJ amo ‘mother’

ニヴフ語において親族名称には共通の接頭辞 *a- ~ ə- が見られる。また同様に朝鮮語においては親族名称に接頭辞 *a- ~ e- がみられる (下表)。接頭辞に見られる母音変種はいずれも母音調和によるものであり、例えばニヴフ語では狭母音 i, ə, uが広母音 e, a, o とそれぞれ対応して調和関係となっている。この母音調和は地域特性としてニヴフ語・朝鮮語のみならずいわゆるウラル・アルタイ諸語全般で見られる現象である。

下記の語彙にみられる共通接頭辞が接触によるものであるのは確かであるが影響の方向性は不明である。また日本語においては COJ omo = EOJ amo ‘mother’ においてこの接頭辞がみられ、PNおよびMKの ‘mother’と語形・意味が対応している。しかし日本語の親族語彙においてこの語は独立しており、またいわゆる nursery word であるため関係性には不確かさが残る。

Proto-Nivkh kinship terms

Middle Korean kinship terms

*ac(i)k(ant) 'yonger sibling'

*acik 'grandmother, mother-in-law'

*aɣmalk 'father-in-law'

*akan 'older brother'

*apak 'uncle'

*atak 'grandfather-in-law'

*əmɣi 'son-in-law'

*əcɣ 'old man'

*ətək 'father'

*əmək, mother'

apí ‘father,’

apáni:m ‘father,’

azo ‘uncle,’

atól ‘son,’

ahóy ‘baby,’

azóm ‘kin,’

acapáni:m ‘uncle,’

acómi ‘aunt’

émí / éma:nim ‘mother’

 

  • PN *wəri < wərxi ‘pustule’ → MJ fatake < ?OJ patakey < *patakay ‘mange, scabies’

日本語においてハタケ(疥/乾瘡)という語は非常に知名度が低く、出現が限られている。また日本語内において語源が明らかではなく、このような語は借用語である可能性が高い。

JLTTでは語源を *panta (=肌) + *kak-i (=掻き) と分析したうえで、最終音節の母音をエ ( < *ay < *aCi) とし、語形 fatakey ( = patake2) を記載している。当然ながら ’肌 ( = OJ pada < PJ *panta)’ からOJ pataへの変化は考えられず、この語源は間違いである。しかし後述するように、少なくともJLTTにおける最終音節の甲乙判定はおそらく正しかったということがニヴフ語との比較で明らかとなる。

ニヴフ祖語 *wəri ‘pustule’ は明らかにPN動詞 *wərk- ‘rot’ の派生である。現にNikolaev (2016) はPN語形を*vərɣ-i ~ *vərx ‘scab’ と再構しており、こちらの方がより原型に近いと考えられる。これをCNDの記法に変換すると祖型 *wərxiが得られる。

さらに昔の語形を探求するためにはニヴフ語において重要な子音交代 (consonant alternation/mutation) の概念を考慮する必要がある。詳細は省くが例えばr は d の、xはkの交代形 (弱化形) であり、これらの子音の関係性は下の表にまとめられる。

 

Fortis ↔ voiceless

Lenis ↔ voiced

Stop

p

t

c

k

q

b

d

d’

g

ɢ

Continuant

f

r̥

s

x

χ

v

r

z

ɣ

ʁ

典型的な母音間の子音弱化を想定するとpre-PNの語形は*wAdVkVyとなる (A = a~ ə 、またここでは –i < -Vy を想定した)。このニヴフ語形は日本語形 patake2 < *patakay と意味が事実上同じであるのみならず音韻的にも非常によくマッチしている。この対応は偶然とは考えられず、ニヴフ語形が動詞からの派生であることを考えるとニヴフ語から日本語への借用語とするのが妥当である。

しかし一つだけ問題が存在し、ニヴフ語の w- が 日本語p- で反映されていることを説明する必要がある。アムール語族、日本語族はともに祖語段階から /w/ と /p/ を区別するため、直接的な借用関係ではこの対応を説明するのは難しい。そこで /w/ と /p/ を区別しない (/w/ を持たない) 言語が借用の中間にあると考えることでこの対応を説明することが可能である (下図参照)。知られている中で、ニヴフ語・日本語と歴史的なつながりを持ち、このような特性を持つ言語は古代朝鮮語(おそらく百済語)のみである。朝鮮語(族)から日本語(族)への借用語はこの語以外のも多くが指摘されており (Unger 2009, Vovin 2010)、今回の借用関係に見られるAmuric → Koreanic → Japonic という流れは三言語の関係の中である種 ”カノニカル” なものなのかもしれない。

Amuric

/w/ ≠ /p/

(borrowing)

Koreanic

/w/ = /p/

(borrowing)

Japonic

/w/ ≠ /p/

*wAdVkVy

‘pustule’

*pAtVkVy

 

*patakay

‘mange, scabies’

 

略称

PJ: 日本祖語=日琉祖語 (Proto-Japonic)

OJ: 上代日本語 (Old Japanese) – COJ;上代中央語、EOJ;上代東国方言

MJ: 中古日本語中世日本語 (Middle Japanese)

NJ: 現代日本語 (Modern Japanese)

PR: 琉球祖語 (Proto-Ryukyuan)

R: 琉球(諸)語 (Ryukyuan Language(s))

OK: 古代朝鮮語 (Old Korean)

MK: 中世朝鮮語 (Middle Korean)

NK: 現代朝鮮語 (Modern Korean)

PN: ニヴフ祖語 (Proto-Nivkh)

MC: 中古漢語 (Middle Chinese)

OC: 上古漢語 (Old Chinese)

OCOJ: オックスフォード上代日本語コーパス(the Oxford Corpus of Old Japanese)

JLTT: Japanese Language Through Time (Martine, 1987)

CND: Comparative Nivkh Dictionary (Fortescue, 2016)

EDAL: Etymological Dictionary of Altaic Languages

= : 共通語源

> : 言語内の音韻変化

→ : 借用

C : 子音

V : 母音

 

参考文献

[1] Janhunen, Juha. "Reconstructio externa linguae ghiliacorum." Studia Orientalia Electronica 117 (2016): 3-27.

[2] Janhunen, Juha. "The lost languages of Koguryo." Journal of Inner and East Asian Studies 2.2 (2005): 65-86.

[3] Fortescue, Michael. “Comparative Nivkh Dictionary.” Lincom, 2016.

[4] Martin, Samuel Elmo. The Japanese language through time. Yale University Press, 1987.

[5] Francis-Ratte, Alexander Takenobu. Proto-Korean-Japanese: a new reconstruction of the common origin of the Japanese and Korean languages. Diss. The Ohio State University, 2016.

[6] Sergei, Nikolaev. "Toward the reconstruction of Proto-Algonquian-Wakashan. Part 2: Algonquian-Wakashan sound correspondences." Вестник РГГУ. Серия «Филология. Вопросы языкового родства» 4 (2015).

[7] Unger, J. Marshall. The role of contact in the origins of the Japanese and Korean languages. University of Hawai'i Press, 2009.

[8] Vovin, Alexander. Korea-Japonica: a re-evaluation of a common genetic origin. University of Hawaii Press, 2010.

[9] Whitman, John. "The relationship between Japanese and Korean." The languages of Japan and Korea (2012): 24-38.

*1:これらの言語の間の血縁関係 (genetic relation)について提唱はされているものの証明はされていない。このため共通要素は接触によるもの(借用関係)として捉えるのが妥当である。日朝両言語の血縁関係の提唱としては特にWhitman (2012), Francis-Ratte (2016)などを参照。

扶余 = ニヴフ ?

扶余 = ニヴフ(ギリヤーク) = 粛慎 (みしはせ) = オホーツク文化人 ?

 

以前の投稿において百済 (くだら) の語源がユーラシア大陸に広く分布する '都市・村落' を表す語 kotan~hotan に由来すると主張した。

百済(くだら)の語源 - mmmSPのブログ

 

 この語はアイヌ語にも見られ、kotan 'コタン、村' として現れる。この大陸由来の語彙が日本語を介さずにアイヌ語にまで浸透している点は非常に興味深い。アイヌ語縄文時代から日本列島で話されていた言語と考えられ、大陸からの語彙が流入する経路は限られている。

アイヌ語はもともと本州の東北部で話されていた言語であり、北海道に進出した時期は比較的最近 (紀元後、おそらく奈良時代以降)であるといわれる [1]。北海道におけるアイヌ語/民族の黎明期、樺太から流入してきたオホーツク文化が北海道の北部に存在していたことは広く知られており、アイヌ文化はオホーツク文化を吸収する形で北海道・樺太・千島列島に広がった。kotanという大陸由来の語がアイヌ語に取り入れられたのはこの過程内でのことだと考えられる。

このオホーツク文化の担い手が後のニヴフ (ギリヤーク)語話者と同系統であり、また日本書紀に見られる粛慎 (みしはせ)であるなどといった説が従来唱えられている。この説が正しく、アイヌ語 kotan の元となった語と百済(クダラ)の語源が同一だとすれば 百済ニヴフに何らかのつながりが存在することが示唆される。

Janhunen (2005) は (百済及び高句麗の王統である) 扶余民族の言語がニヴフ語と関連する可能性を指摘しており[2] (主張はしていない)、仮にこれが正しいとすると百済の国名及びアイヌ語 kotan の関連性をシンプルに説明することが可能である。

 

参考文献
  1. Hudson, Mark J., Ann-elise Lewallen, and Mark K. Watson. Beyond Ainu studies: changing academic and public perspectives. University of Hawai'i Press, 2014.
  2. Janhunen, Juha. "The lost languages of Koguryo." Journal of Inner and East Asian Studies 2.2 (2005): 65-86.