ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (4)

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (4)

前回の投稿に引き続き日朝両語とニヴフ語に共通する語彙を探索する。

略称などは以前の投稿を参照

part1

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (1) - mmmSPのブログ

part2

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (2) - mmmSPのブログ

part3

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (3) - mmmSPのブログ

 

今回比較する語彙はこれまでのものと比べて意味や音韻の対応における問題が大きく、関連が疑わしいものも多い。

しかしニヴフ語・日本語・朝鮮語の研究が進むことでこれらの比較に新たな光が当たることも将来的にはありえるため、参考のために列挙する。

                                                        

  • PN *gəɣ(gəɣ) ‘swan’ = MK kwohay, kwohway ‘id’ = OJ kukupi, kupi ‘id’

ニヴフ語形は畳語のようであり、PN *ə と日本語・朝鮮語の後舌母音の対応には問題がある。

日本語形はOJ kukupi ∼ kupi に加えて MJ kofu ∼ kofi の変種があり安定しない。

Francis-Ratte (2016) によれば  MK kwohway < *kwohowoy < pK *kokopi

日本語・朝鮮語に見られる語末の –pi は鳥類名称における接辞と定義できるかもしれない。

 

  • PN d'evrq < d’ev-rq ‘small bird’ = MK ceypi ‘swallow’ = MJ kafa-sebi 'kingfisher'

ニヴフ語において鳥類の名称につく接辞 –r(a)q は *darkraʀ ‘capercaillie’ や *qoj(rq) ‘pegeon’ などで確認でき、PN語根は d’ev と想定できる。MK ceypi ‘swallow’ とは音韻的に対応するが意味の対応に弱さがあるため実際に関連しているかは不明である。

日本語の ‘カワセミ’ に見られる semi は古い語形で sebi, sobi などの変種がある *1。この中で sebi はニヴフ語形と比較できるが PN /v/ と MJ /b/ < /np/ の対応など問題が残る。

EDALではツングース祖語として *čipi- ‘swallow’, *debere-n ‘young (of birds)’ などを再構しているが関係しているのだろうか。

 

  • PN -r(a)q ‘suffix in bird names’ = pre-MK *raki = MJ fitaki ‘a k. o. bird’

PN -–r(a)q は *qoj(rq) ‘pigeon’, *darkraʀ ‘capercaillie’ などに見られ、鳥類名称につく接尾辞と考えられる。

MKの鳥類語彙 cwuraki ‘quail’, pitwulki 'pigeon', wolhi ‘duck, heron’などから語尾 –r(a)ki を分解できるかもしれない。

MJ fitaki が fi-taki と分解できる場合接尾辞がニヴフ語と比較できる。語頭の fi < OJ pi-は MJ fibari (ヒバリ)、fifa (ヒワ) などと共通しているかもしれない。

いずれにしても朝鮮語・日本語において上記の分解が可能かどうかは不確かさが大きい。

 

  • PN *loʀaj ‘crane’ → MK wolhi ‘duck, heron’

MKにおける音位転換を想定。PN ‘wolf’ も参照。いずれの言語でも水鳥を指す単語である。

ただしこの比較と一つ上の比較は両立できない。

 

  • PN *darkraʀ < *dark-raʀ ‘capercaillie’ = MK tolk ‘chicken’

PNにおける -raʀ は接尾辞だと思われる。音韻的には対応するが意味の対応に弱さが存在する。

 

  • PN *kəŋri ‘duck’ → OJ kari ‘goose’

両方とも水鳥を指す。関連している場合ニヴフ語から日本語への借用時に語中のŋ が抜けたはずである。

 

  • PN *buk(u) ‘cuckoo’ = NK ppeokkuk ‘cuckoo’

意味は対応しているが音韻対応に問題がある。両語ともオノマトペ由来か?

 

  • PN *ivŋ ‘he/she’ = MK i- ‘this’

指示代名詞と三人称代名詞の関連は言語学的によく見られる現象である。

 

  • PN *gunt < g-unt ‘that (absent)’ = MK ku ‘that (mesial)’

PN *gunt に見られる語尾 –(u)nt は他に *dunt ‘this’, *hunt ‘that’, tunt ‘what’, *tant ‘which’ などにもみられる。

 

  • PN *ta- ‘where’, *tant ‘which’ , *tamci-‘what kind’ *tunt ‘what’ = OJ ta- ‘who’

音韻的には対応しているがニヴフ語では疑問視一般に見られる形態素であるのに対して日本語では ‘誰’ のみに現れる。また琉球諸語の反映系を考えるとPJ語形は *taru∼taro であると思われるため音韻的な対応も弱くなる。

 

  • PN *d’e-‘three’, *nə(r) ‘four’, *to(r) ‘five’ = MK seyh < *seki ‘three’, MK neyh < *neki ‘four’, MK tasos ‘five’

朝鮮語の数詞は基本的な1-10の数詞と十の倍数である20, 30, 40…の数詞の間の関係が非常に不規則であることが知られている (Francis-Ratte 2015)。

この不規則さは外国語の影響である可能性もあり、ニヴフ語数詞3, 4, 5 と対応する朝鮮語数詞の音韻的な近さを考えるとアムール語族の数詞によって朝鮮語固有の数詞が置き換えられたと考えることもできる。

ただし両者の関係は規則的とは言い難く、また朝鮮語の数詞は複雑な歴史を辿っていると考えられるためあくまで推測に留まる。

 

ニヴフ語と中世朝鮮語の数詞一覧

PN

 

MK

 

MK

1

*n’ə-

 

honah

-

-

-

2

*me-

 

twu:lh*2

20

sumulh

3

*d’e-

?=

seyh*3

?=

30

syelhun

4

*nə(r)

?=

neyh

40

mazon

5

*to(r)

?=

tasos

50

swuyn

6

*ŋaʀ

 

yesus

?=

60

yesywuyn

7

*ŋamk

 

nilkwop

=

70

nilhun

8

*minr*4

 

yetulp

=

80

yetun

9

*n’an-

 

ahwop

=

90

ahon

10

*mɣo-

 

yelh

-

100

wo:n

 

  • PN *aɣi ‘not want’ = OJ ak- ‘get tired of’ > MJ aki-

日本語の ‘飽きる’ が母音語幹 aki- を持つようになったのは比較的最近のことであり、上代日本語では子音語幹 ak- を持つ。またニヴフ語形とは意味の対応にも不確かさがある。

 

  • PN *coʀ- ‘melt = MJ toke- ‘id’ ?< OJ toke- < təkA-Ai- ‘untie’

この関係は複数の問題があるため実際に成立するかは怪しい。

  1. ニヴフ語の c と日本語の t は対応するのか。
  2. ニヴフ語の o と上代日本語の o (o1)(< PJ ə) は対応するのか。
  3. 上代日本語における tok- ~ toke-の意味は ‘ほどく’ のみであり ‘溶ける’ の意味では用いられない。

推測であるが日本語の’溶ける’と’解ける’が別語源と考えると、MJ toke- ‘melt’ は確認されていないOJ動詞 *twoke- (tokA-Ai-) から派生した可能性があり、ニヴフ語との比較が考えやすくなる。MJ toke-の他動詞形 tok- と tokas- はそれぞれ ‘ほどく’ と ‘溶かす’ という意味でしか用いられないことからも別語源説はありえない話ではない。

 

  • PN *car- ‘full’ = MK cola- ‘suffice’ = OJ *tar- ‘suffice’

意味・音韻の対応に問題がある。

 

  • PN *waqi ‘box’ MK pakwoní, pakwulley / pakwuley ‘basket’ OJ pakwo ‘box’

朝鮮語の諸方言において語頭が *pakV であることは一致しているが最終音節の形状には多くのバリエーションが存在する (Francis-Ratte 2016)。仮にこの関係が成り立つとした場合、頭子音の関係から Amuric → Koreanic → Japonic という借用語の流れが想定できる。

 

  • PN *wa ‘sword’ = OJ pa ‘blade’

ニヴフ語形は PN *wal ‘cut off’ と関連していると考えられる。

 

  • PN *turi ‘bridge’ = MK toil ‘bridge’

母音の対応に問題がある。

 

  • PN *keŋ ‘sun’ = MK hoy ‘sun’ = OJ –ka, -key ‘day’

母音の対応に問題がある。

 

  • PN *gəl- ‘long’ = MK kil- ‘long’, kiluy ‘length’

母音の対応に問題がある。

 

  • PN *gut-‘fall down’ = OJ kuti- ‘rot’

OJ kutat- ‘come down’ ~ kutas- ‘rot (tr)’ などから語根 *kutA- ‘go down, rot’ が再構築できる。OJ kudar ‘go down’ ~ kudas ‘take down’ も関係している可能性がある。

 

  • PN *qoʀla ‘mind, soul’ = OJ kokoro ‘heart, feeling’

母音・意味の対応に問題がある。

 

  • PN *ke ‘put on (clothing)’, *kir- ‘use, wear’ = OJ ki- ‘wear’

ニヴフ語の二つの動詞は関連していないと思われるがいずれかがOJと関連している可能性はある。

 

  • PN *porloʀ ‘make hole’ = OJ por- ‘dig’-

PN語形の loʀ が接辞であれば比較が成り立つが未詳。

 

  • PN *tə ‘door, hole in ice’ = OJ two ‘door, gate’

母音の対応に問題がある。

 

  • PN *to- ‘take (somewhere)’ = OJ tor- twor- ‘take’ ?= MK tul- ‘holds up, raises’

Bentley (1999) によれば OJには二つの動詞 tor- ‘take, pickup, capture’ と twor- ‘hold, support’ が存在する。ニヴフ語との対応において母音の対応は後者の方が良いが、意味的には前者の方が近い。また朝鮮語の語形も母音の対応に問題がある。加えて日本語、朝鮮語の両者とも語尾 r ~ lが説明できない。

c.f. Koguryeo towng(冬) 'to take (取)' (Beckwith, 2007)

 

  • PN *tuɣr ‘bed’ = OJ toko ‘bed’, tokoro ‘place’ = MK theh ‘ground, foundation, place’

母音の対応に問題がある。MK語形の最後の –h は接尾辞であると思われる。

 

  • PN *d’ək ‘(a) long time’ = MK cèk ‘time = OJ toki ‘time

意味の対応が弱い。また音韻的にも問題がある。

 

  • PN *bar ‘bandage’ = OJ par- ‘attach’

意味の対応に問題がある。

 

  • PN *perŋ ‘worm or (crawling) insect’ = OJ piru ‘leech’

音韻及び意味のマッチが弱い。

 

  • PN *kəvɣəv ‘spider’ ?= OJ kumo < *kubo ‘spider’ ?= MK kèmúy "id"

ニヴフ語形は畳語のようである。

母音がマッチしない上にPN /v/と OJ・MK /m/ の対応が成り立つかは非常に怪しい。日本語形は琉球諸語の語形を考慮すると *kubo からの派生と考えられるがそれでもニヴフ語の /v/ と日本語 /b/ (< np) の対応には問題がある。あくまで参考のために記載した。

 

  • PN *xem ‘seed’ (Nikolaev 2016) = OJ kibi < *kimi? ‘millet’

意味・音韻の対応に問題がある。琉球諸語の語形を考えると日本祖語の語形は *kimiであろうか。

 

  • PN *qarχ- ‘dry’ (Nikolaev 2016) = OJ kare- ‘dry (intr)’, karas ‘dry (tr)’

ニヴフ語の単語はアムール方言qharχ­-qharaʀ-ʒとして確認されている (Nikolaev 2015)。

日本語の動詞の語根は karA- である (Russel 2008)。

 

  • PN *heχ- ‘to hear about, feel’ (Nikolaev 2016) = OJ kik- ‘hear’

音韻の対応に問題がある。

 

  • PN *an-q ‘who’, *an- ‘who; where’, *na-r ‘who’ (Nicolaev 2016) = COJ nani ‘what’ = EOJ ‘an-‘ ‘id’ = PR *nau ‘id’

Nikolaev (2016)によればニヴフ語形はすべて同じ語根を持つ。

日本語 ‘ナニ’ に相当する疑問視は日本語族内の対応が非常に不規則なことで知ら、祖型の構築が難しい。

 

  • PN *pəɣ-z- ‘throw’ (Nicolaev 2016), NJ hokas- ‘to throw (away)

日本語 ‘ほかす’ は主に関西で使用される方言となる。

 

  • PN *phu­, *phuj- ‘to set fire, shine (sun)’ (Nicolaev 2016) = OJ pwi ‘fire’ ?= MK pul ‘fire’

ニヴフ語の動詞と日本語・朝鮮語の名詞の比較になる。

 

参考文献 (過去と被るものは除外)

[1] Francis-Ratte, Alexander. “The Origins of the Korean Numeral System in Comparative Perspective” International Conference on Korean Linguistics (2015)

*1:このような母音の変種 e ∼ o は例外的であるがカワセミを示す古語 OJ soni-dori が関係しているのかもしれない。

*2:PN *doŋr ‘twin’と朝鮮語 twulh には関係があるのだろうか?

*3:seyh < seki, 三枝(さきくさ) の saki として日本語に借用された。

*4:‘2’ *me- と ‘4’ *nə(r) の複合語と考えられる。