ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (3)

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (3)

前回の投稿に引き続き日朝両語とニヴフ語に共通する語彙を探索する。

略称などは以前の投稿を参照

part1

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (1) - mmmSPのブログ

part2

ニヴフ語、日本語、朝鮮語の語彙比較 (2) - mmmSPのブログ

 

  • PN *tvi- ‘finish’ = OJ tupi ‘end ’

OJ tupiは基本的にtupi-ni ‘終に’ の形で副詞的に用いられる。

動詞 tupiyas- ‘費やす’, tupiye- ‘費える’ は関係しているのだろうか。

 

  • PN *dam(a)- ‘silent’ = MK tamul- ‘shuts the mouth’

Francis-Ratte (2016)によれば MK tamul < *tam- ‘stops’ + *-(o/u)l- ‘continuative’。借用の方向性は不明。

 

  • PN *ŋazl ‘foot’, *ŋacɣ ‘leg’ → OJ asi < asuy, a- ‘foot, leg’

この比較はそれぞれの言語の祖形導出に多くの不確定要素があるが対応自体は規則的である。

日本語のasi は琉球諸語には殆ど見られない語彙であり、両者が分かれた後に日本語が独自に借用した語彙である可能性が高い。また福岡県の足羽(あすわ < あすは)神社、岡山県の足次山(あすわやま)神社などの名称表記からOJ asi の異形 asu- が確認でき、最終母音 はイ (<uy) 相当であることがわかる *1。一方でOJ asiは複合語において a-という異形も持ち (a-gak- ‘足掻く’, a-bumi ‘鐙’ など)、EOJでは足 (あ)という単独形での使用も確認されている (Vovin 2012)。このような asi ∼ a のバリエーションは日本語内部の機構では説明がつかず、もともと別の語であったのではないかという推測ができる。

ニヴフ語のŋa- ∼ ŋ- は身体語彙につく接頭辞である (Nikolaev 2016)。このためPN *ŋazl,  *ŋacɣ に見られる母音aが語根由来か接頭辞由来かは定かではない。語根にaが存在する場合日本語の語形と語根 (*ac-) との直接比較が可能であり、また語根に母音 a が無い場合でも PN *ŋ- = OJ ∅- という対応を想定することで接頭辞つきのPN語形 (ŋa-c-) と日本語形との比較が可能である (下に関係を示す)。

PN *ŋazl < *(ŋ(a))-(a)c-Vl ‘foot’ → pre-OJ asur > asuy > OJ asi ‘foot, leg’

PN *ŋacɣ < *(ŋ(a))-(a)c-ɣ ‘leg’ → pre-OJ a → COJ a-, EOJ a ‘foot, leg’

ニヴフ語の二つの語それぞれは日本語におけるasi, a- という二つの形態と対応しており、もともとニヴフ語で別の意味 (足≠脚)であったものが両者を区別しない日本語に入ったことで混交し、同じ語の異形態として扱われるようになったのだろう。

 

  • PN *a(ra)qm ‘hail’ = OJ arare < ara-re ‘id’

OJ arareはmizore (霙) や sigure (時雨) と同様の語尾 -reを持っており、ara-reと分解できる *2

ニヴフ語形が *ara-qm と分解できるかは不明である。

 

  • PN *qar ‘spade’ = MK ka:l- ‘plows it, cultivates it’ ?= OJ kara-suki ‘t.o. spade’

PNとMKでは名詞と動詞の比較になるが意味・音韻が対応していることから関係があると思われる。日本語のkara-suki (韓鋤) は通常 ‘韓 (から) の鋤’ という意味で捉えられるが民間語源である可能性があり、PN *qar の借用である可能性も捨てきれない。

 

  • PN *hal ‘skin or body’ = OJ karada < *kara-n-ta ‘body’

亡骸 (nakigara < naki-n-kara)という語を考慮すると日本語形はkara-daと分解できる。また “性質、模様” を意味する接尾辞 –gara (神柄、家柄など) も同じ語源か。

 

  • PN *-(u)k ‘locative/allative case marker’ = OJ –ko-ka ‘place’ = MK -k / -h / *-h ‘locative suffix’-

ニヴフ語の接尾辞は格標識以外にも rˇa-k ‘where’ などの語彙にみられる (Fortescue 2011)。

日本語はの接尾辞はko-ko ‘here’, so-ko ‘there’, sumi-ka ‘dwelling’ , umika ‘oceanside’ などにみられる。

朝鮮語の接尾辞の例は wuh ‘above,’ mith ‘below,’ anh ‘inside,’ pask ‘outside’ など多数ある (Francis-Ratte 2016)。

 

  • PN *a- ‘over there’ → MJ a- ‘distal demonstrative’

日本語の指示詞は近称 ko-、中称so-、遠称 a-/ka- からなる。しかしなぜ遠称が二つのバリエーションを持つのか納得できる説明はない。故にこの関係が真だとすればニヴフ語から日本語への借用と考える方が自然である。

 

  • PN *zaq ‘tomtit (Fortescue 2016), chickadee (Nikolaev 2015)’ = MK say < saCi ‘bird’ = OJ sazaki < sa-n-saki ‘small bird’

ニヴフ語の単語は小さい鳴く鳥を指すようであり、朝鮮語では鳥一般を示しているため、対応に弱さはあるが音韻的にはよく対応している。日本語の sazaki は接頭辞 sa- (小) を認める場合 sa-n-saki と分解できる。

 

  • PN *crat ‘small bird’ → OJ sitoto < sitətə ‘id’

日本語のシトト ‘小鳥’ は古事記にも見られる古い語であるが出現が限られ、語源も不明であるため借用語である蓋然性が高い。pre-PNの語形は *cVdAt と表せ、日本語における最終母音は挿入音と考えられる。

 

  • PN *ŋaz- ‘shallow’ → OJ asa- ‘id’

上の PN ‘foot, leg’ の例と同様に PN *ŋ- = OJ ∅- という対応を想定した。

 

 

参考文献 (過去と被るものは除外)

[1] Vovin, Alexander. “Man’yōshū, Book 14, a new English translation containing the original text, kana transliteration. romanization, glossing and commentary.” Brill (2012)

[2] Fortescue, Michael. Comparative Chukotko-kamchatkan dictionary. Vol. 23. Walter de Gruyter, 2011.

 

 

 

*1:上代日本語において子音 s, t, r, n, w, y につくイとイは区別されないが、例えば ‘kuti~kutu ‘口’のように異形態の関係から潜在的な母音を想定できるものが存在する (この場合 kuti < kutuy)。

*2:NJ turara ‘icicle’ は tur-u (吊る) + ara (氷?)、もしくは tura (列) + ara (氷?)と分解できるがこのara ‘ice?’ も関連しているかもしれない。